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易経・易占を学ぶにあたって

易経に学ぶ坤為地

霜を履みて堅氷に至る 易経に学ぶ坤為地(こんいち)

 2月に入りました。さすがにこのところは、芯まで冷えてきますね。体調いかがですか。
私は、冬生まれのくせに寒いのが苦手です。子供のころ、冬の朝に霜ができていると喜んで、ザックザックと地面を踏んで歩いたものです。☷☷坤為地初六の爻辞にある「霜を履みて堅氷に至る」は、当然戒めの意味を含んでいますが、爻辞を読んでいて、リズムよくて実に心地がいいですね。易占をたしなまれる同学同好の方なら共感してくださるはずです。

 さて、東京でも霜が降りることがあるので、加藤大岳先生が育った南会津はもっと寒かった事とお察しします。加藤大岳先生が、南会津の分教場(小学校)の教師時代に作られた冬の誌がありました。

霜の朝 河原の石ころは みんな黙って ひとりびとり
霜の朝 河原の石ころは みんな黙って 寄り添っている。

 分教場の近くには、川幅がまずまずある川が流れていますので、きっとそういう風景をみて、書かれたのだと思います。その時、加藤大岳先生は16歳だったと推算されますので、驚きます。
 若かりし頃の大岳先生は、詩人や文学を志していらしたそうで、故郷の南会津から上京して、詩人・小説家として知られる佐藤春夫先生に弟子入りしました。
和歌山県新宮市立・佐藤春夫記念館より略歴を引用させていただくと、佐藤春夫氏は、雑誌「三田文学」「スバル」などに詩歌を発表、また「西班牙犬の家」を発表してその才能が注目されつつありましたが、大正7年、谷崎潤一郎の推挙により文壇に登場、それ以来『田園の憂鬱』『美しき町』などの作品を次々に発表してたちまち新進流行作家となり、芥川龍之介と並んで時代を担う2大作家と目されるようになりました。

 その著作は多様多彩で、詩歌、小説、紀行文、戯曲、自伝、研究、随筆、評論、童話、民話、外国児童文学翻訳などあらゆるジャンルにわたっています。
佐藤春夫先生には弟子が多く、門下には、井伏鱒二、太宰治、柴田錬三郎、五味康祐、遠藤周作といった、名だたる芥川賞・直木賞作家を始め、多数の俊英を輩出しました。
加藤大岳先生は、佐藤春夫邸について「青年期にかけての想い出の半ばをうめるほどなじみが深い」と述懐されています。
加藤大岳先生の著書を読まれた諸兄なら、きっと分かっていただけると思いますが、書かれた文章が、味わい深く、文学的な感じがするのも、こうした背景があるからなのだと思います。

 例えば、ある回想録では、昭和2年頃というから加藤先生が20歳くらいでしょうか。佐藤春夫先生が海外旅行中なので、邸宅の留守番をしていた時に、芥川龍之介が亡くなったという知らせが入り、門下として代理で弔問にいったとの記述がありました。その際、芥川邸では、谷崎潤一郎や菊池寛も居て、そうそうたる方が揃っていたといいます。
そんな文豪たちのなかでも、井伏鱒二氏とは、『夜、喋々喃々として他愛も無いことを語り合った』という関係だったそうです。
文化人の面白みのひとつは、濃淡は別にして、繋がっていることです。その繋がる縁から、文豪のこころを感じられます。人との縁は、何ものにも変えがたいものです。私も、周易に出合えたご縁は、神様のご褒美だと感謝しています。

文豪の名作はおよそ一世紀前に書かれたといっても、読むと積極的な気持ちになります。インターネットの情報ばかりにのまれていると、どこか感覚が消極的になるときがあります。
言葉は、こころの食べ物だと教わりました。長い人生、うまくいかないこともありますが、易経の言葉に、励まされるのは、問筮者だけではありません。易者もまたしかりです。(磯部周弦)

日本易学振興協会では、宇澤周峰先生が東京などで易経とともに、本格的な筮竹を使った周易・易占教室を開催しています。主に、三変筮法、六変筮法を中心にした易占法です。詳細はこちらからどうぞ

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