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易経・易占を学ぶにあたって

同声相応じ同気相求む易経

同声相応じ、同気相求む。 易経文言伝より

 「同声相応じ、同気相求む」
この言葉は、周易翼伝文言伝にかかれています。
文言伝の〔伝〕とは経書の注解であり、易経の経とは縦糸のことです。つまり人の道、倫理であり、経書とは倫理書ともいえるでしょう。易経は占いの書であるにもかかわらず、五経に選ばれるほどで、しかも『易経』『詩経』『書経』『礼記』『春秋』と筆頭にあげられるほど尊ばれています。

前置きはこのくらいにしまして、今回の名言に戻りますと、現代風の表現では、〔引き寄せの法則〕のこととでもいいましょうか。古代より考えられているなんて、いつもながら、易経の奥深さには、感服します。東洋哲学の最高峰といっても過言ではありません。
そして、文言伝では、易経の六十四卦のなかで、もっとも重要な☰☰乾為天☷☷坤為地の二つの卦を細かく解説しています。今月の表題は、さらに乾為天の五爻のことを説明した部分です。
訓読文は、次の通りです。

九五に曰く、「飛龍天に在り、大人を見るに利ろし」とは、何の謂いぞや。子曰く、同声相応じ、同気相求む。水は湿えるに流れ、火は燥けるに就く。雲は龍に従い、風は虎に従う。聖人作りて万物観る。天に本づくものは上に親しみ、地に本づくものは下に親しむ。則ち各々其の類に従うなり。

「同声相応じ、同気相求む」。あらためて言葉に出してみると、琴線にズバッときます。時空を越えて、心に残る、とても魅力的な一文だと思います。
動物が鳴くと、それに応えて鳴くものです。カワセミなどは、綺麗な高い声で鳴きあいます。人間でもオートバイ好きなら、オートバイ好きが集ったり、相撲が好き同士なら次の場所の大関はどうなるかなど話題も弾みますね。類は友を呼ぶというのも、同じ考えや趣味の人が自然に引かれ合います。

もちろん、易占いが好きなら、気が合い親しくなって集ります。同学同志が、自然と話しが合い、同じ価値観を持った人が共鳴し和合するということだと思います。「声」は見えないものですが、しかし伝わるものでもあります。
そして、志が高い人物には、同じように志の高い人との縁が出来て、同じ波長を持った人は、共鳴しますね。逆に、同じ穴の狢などと卑しい考えでは、不平、不満、悪口など口にしているとそういう凶が現れてくるという昔からの戒めは一理あります。
私の家はけっして裕福ではありませんでしたが、子供時分に、母から貧乏神に好かれてしまうから、破れた障子を張り替えたり、欠けた茶碗は使わないものだよ。などといわれたものでした。

さて、続きの文には、水は湿ったところに、火は乾燥したところにつく。そして、「雲は龍に従い、風は虎に従う」という一文も三百八十四爻の中でも一番強い、☰☰乾為天九五の説明として書かれているだけあって、龍虎を表していてダイナミックです。まるで大河ドラマの始まりのような、オーケストラが聞こえてきそうな、壮大なスケールです。

再び、大きく飛躍できる

天人地の三才観のとおり、限りなく地面の近くにいる人間は、少しでも天に近づきたいという上昇志向を持っているのだと思います。
さて、昔からの例え話で、ノミとフタの法則があります。ノミはぴょんぴょん跳ねますが、そのノミを箱に入れて、フタをすると、跳ねると頭がぶつかるので、一時間ほどしてから、フタをとってもそれ以上の高さに飛べなくなってしまうそうです。これは、既成概念ができると、行動範囲が限られてしまうという例え話として伝えられています。

この話には、続がありまして、フタをとった箱に、もう一匹、飛べるノミを箱に入れると、飛ばなくなったノミもそれに影響されて、しばらくしてまた大きく飛躍するようになるとのことです。自分の可能性の限界を自分で作ってしまうのだと学びました。
他にもウェインバーグ著/加藤諦三訳『自己創造の原則』という本にこんな名言もありました。
「希望があなたを捨てたんじゃない。あなたが希望を捨てたのだ」。自分の可能性を、自ら見限ってはいけないと気付かされます。落ち込んだときも、「飛龍天に在り」と易経は、希望を持てと鼓舞してくれます。

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