〔春は名のみの風の寒さや〕
立春という響きは春ですが、寒さは本番ですね。
二十四節気は昔からある節ですが、春秋戦国時代(紀元前4世紀頃)にはすでに存在していたそうです。易がつくられた、周の時代では、日時計が作られ、太陽や月の動きや季節の変化を計算する技術が発展していたとのことです。
ある日、あまりいい席じゃありませんけれど…。と前置きされ、切符を頂いたので家族3人で、サントリーホールへ、クラシックを聴きにいきました。
歌劇やベートーヴェンの「英雄」や、ピアノ協奏曲、交響曲を聴くことができました。
席は、向こう正面で、ちょうど指揮者がこちらの方を向かれていて、額には汗が滲んでいるのも分かります。前から2番目のいい席でした。世の中にある音楽は、愛に満ち溢れています。音楽は、聞く人を幸せへと導くためにつくられているようですね。人生をかけて作曲、演奏するのが分かったような気がします。
まるで、イタリアの交響楽団の一員にでもなったかのような、コンサートが終わったときには、自分も一仕事した感覚になり、気持ちよく帰ってきました。サントリーホールは、世界一美しい響きを求めるらしいですね。「響」というウイスキーもあることですし、まあ宣伝上手な会社ですから。
さて、コンサートのチケットを無料でいただくのは申し訳ないと思い、後日お礼をお渡ししました。
「聴くは有料、聞くは無料」のお話を思い出しました。「聴く」というのは、コンサートなどお金を払って聴くもの。「聞く」は、例えば目的地を人に尋ねて無料で聞くもの。これは、道を聞いても、相手の貴重な時間を使って、無料で情報を得るわけですから、そのお礼はきちんとしたものでなければマナーに反するというものでしょう。あまりに近い存在に感じてしまい、御恩を忘れがちになりますが、易神へも、無料ではなく、感謝の気持ちを表すために、お金と礼儀を払うことが大切であると。
易神様は、別に報酬を要求なさることはないけれども、聞き放しで、感謝しないとどうかと思います。易占を生業にする、しないにかかわらず、それ以来、奉銭箱を置き、易を立てる場合は、自分のことを占ってもお金を箱に入れておくようにしました。
身近な人に、易占いを勉強していると話すと、待ちかねたように、手を伸ばしてきて、手相を見てくださいだとか、運勢はどうかと色々と聞いてくる人がいましたが、単なる遊び心の人にも、全て無料でやっていたとき、なんと安易すぎると、そのことについて身をもって知ることになりました。
さて、神社やお寺には必ずといっていいほど、手を合わせるところに、お賽銭箱が設置されています。お賽銭を入れることは、特段に信仰心が強くない日本人でも、一般的な光景です。お賽銭は、その場所の神聖性を示すと同時に、参拝者が感謝や願い事を込めて行う行為でもあります。
お賽銭の「賽」(さい)という字を調べてみますと、「おれい・まつり」や「おまいり」という意味があるそうです。これは、神様や仏様から受けた恩恵に対して感謝し、それをまつることを指すそうです。また、初穂料という言い方も古くからの名残だそうです。神社では、基本的には「神恩感謝」が大切ですが、ついつい願い事もしてしまうこともあります。欲が消えない私です。しかし、易占という神秘の扉を開いたのですから、目に見えない世界への敬意や感謝を表すことは、大切にしたいですね。(磯部周弦)
日本易学振興協会では、宇澤周峰先生が東京などで易経とともに、本格的な筮竹を使った周易・易占教室を開催しています。主に、三変筮法、六変筮法を中心にした易占法です。詳細はこちらからどうぞ。


日本易学振興協会のサイトの管理運営担当です。まだまだ易占、易学の修行中、精進してまいります。伝統ある筮竹を使う周易を次の時代へつないでいきたいと思います。