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易経・易占を学ぶにあたって

朱子学

朱子学と易学について

今回は、朱子学をテーマにしました。朱子のエピソードを、まじえながら、お話しさせていただきます。

少年老い易く 学成り難し 一寸の光陰 軽んずべからず

これは朱子先生の教育理念になっています。そして、この思想は、今日まで受け継がれています。

朱熹(朱子)は、12世紀の人で、米国タイム誌の「2000年の偉人」で東洋の偉人の一人として評価されているほどです。
私たちが今、手にしている易経の解説書は、だいたい朱子の「周易本義」が元になっています。加藤大岳先生もそうでした。また、いつも筮前にあげている「問筮辞」も朱子が考案したものです。

「学ぶ」とは探求し、本質を見抜くこと

天才的に頭が良かった朱子ですが、9歳で孟子を読破というから、もはや伝説ですね。そして、19歳で科挙に合格します。受かった後は、政治家をしていましたが、官僚が嫌いというから、このあたりも魅力的ですね。

四書五経を現在の形にまとめ直したのも朱子です。礼記の中にあった大学、中庸を独立させました。念のためまとめますと、四書は、孟子、論語、大学、中庸。五経は、易経、書経、誌経、礼記、春秋です。ちなみに、二宮金次郎の像が読んでいるのは、そのなかの大学です。
そんな朱子学の中で、朱子先生と弟子との問答集が「朱子語類」というものです。
朱子先生は、若い頃仏教も学び、禅を好んでいた。当時は、仏教、道教が流行っていました。
仏教、道教は、行をして悟りを開きます。しかし、朱子は、普段の生活のなかで、儒教の聖人を目指します。

『大学』では、徹底的に勉強する、徹底的に知ることを「格物致知」という言葉で表現しています。
行動と結果で判断していきます。さらに、これを朱子は、探求の道と新解釈しました。ものごとを観察して、究めるのが勉強です。例えば、目の前にある「スマホ」や「パソコン」の意味をよく観察して、極めるまで持って行きます。

「勉強」という言葉は、儒学の古典である『中庸』からの出典で、「或勉強而行之(あるいは勉強してこれを行なう)」という表現があります。

これは「頑張って道を行う」という意味で、特別な才能がなくても「勉強」をすれば「道が開ける」という解釈。自分を見つけるには、もの、他人、自分を観察するという流れです。

朱子は、『格物窮理』(かくぶつきゅうり)と用語を磨き上げます。物事の道理を追求するという意味をさらに、深くして、窮理という言葉は、十翼の一つである、説卦伝に由来し、朱子によって、この言葉は、以降あらゆる学者の修養法として強調されるようになりました。例えば、江戸時代の蘭学者たちは、当時の正統学問である儒教の朱子学から影響を受け、窮理という語を借用して、自分の学問を権威づけるために使用しました。「○○の窮理」など多数の本があるのは、こういった理由だと思われます。
※易経・説卦伝(第一章)。理を窮め、性を尽くして以て命に至る。

朱子学の魅力

朱子学は、古臭いイメージあるかもしれませんが、現在にも通じる哲学です。
現世利益主義であり、儒教は宗教ではありません。あの世でしたり、宗主、戒律というものはありません。
儒教は、孔子が作り出し、周の時代の文王、周公を理想としました。いわゆる聖人を目指す学問です。

朱子が登場するまでの儒教は、個人の心構えや、精神論が主でしたが、朱子は、これを、国家や、政治学として使うようになります。易経や陰陽による、存在論、宇宙論、五行論も取り入れます。

先ほどの、「格物窮理」の他にも、
「天人合一」という言葉を生み出します。これは、宇宙の法則と人の法則は相似形であり、これができるのが賢人であり、聖人と呼ばれます。聖人は、王でなくてもいいということが、斬新な考えでした。

「理気二元論」という考えも発表します。有名なデカルトの心身二元論より、なんと500年も早く発表しています。
しかも、理気二元論はこの世の中の、全ての物にあてはまる理論です。

理・・考え⇒存在の意義
気・・物質⇒材料。

普段私たちが捉えている「気」とは違いますので、少し分かりづらいかもしれません。理は同じでも、気が違うことがあります。
例えば、今座っている椅子です。理という存在意義は同じでも、気(材質)が違います。

また、「精神一到、何事か成らざらん」という語句も、朱子です。
大ヒットした鬼滅の刃・無限列車編、煉獄杏寿郎さんの座右の銘として使われたので、ご存知の方も多いと思います。
これは、『朱子語類』よりの出典で、精神を集中して事に当たれば、どんな難しいことでも、成し遂げられないことはない!という気合たっぷりの言葉です。

続いて、「大義名分論」も朱子です。正義と身分を守るための大義です。今、私たちが当たり前に使っている熟語です。

日本における朱子学

徳川家康は、戦国時代にもかかわらず、天下泰平の理想を掲げ「厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)」
を座右の銘としていました。

そのためにも、対立や争いをしない仕組みづくりを考えます。

身分の固定化。士農工商。長子相続などがこれにあたります。
そして、易学にも深い関係のある儒者・林羅山を登用します。

上下身分を重視。これは、朱子学の人間界の部分だけを取り上げたのですが、国政、中国、韓国、日本と為政者が朱子学を身分制度として、うまく利用しました。

幕府直轄の昌平坂学問所が第一の大学でした。現在の、御茶ノ水・湯島聖堂の前身です。朱子学以外は禁止です。それにならって、全国の各藩校でも朱子学を教えました。そして、それが、武士たちの価値観となっていったのです。

朱子先生は、艮為山が好き

朱子は、四書五経を体系化していきます。『朱子語類』は、朱子が門弟たちと交わした言葉を、朱子の死後に修正・分類して編纂された書物なのです。
朱子は規則を好まず、自己を律することを尊重していました。

いかに到達できるか。を考えて、自己を見つめるため、日々、静坐、座禅を励行したといいます。
易を嗜むものとして、朱子先生の筮に臨む、真剣な姿勢を見習うべきと思いました。

デカルトの言葉に「我思う故に我あり」という有名な一句があります。今、考えてるということは自分がいることです。
さて、易の八卦で我とは、何に当てはまるでしょうか。ですね。

☶☶艮為山は『朱子語類易経編』では64卦のなかで多く書かれていて、もっとも好んだ卦との記載があります。まさに心の静止。静けさを考えていたのではないでしょうか。
朱子先生は、禅も学んでいましたし、これは、艮に通じます。
また、艮為山は、欲がないことを教えている卦なのに、君子の四徳である「元亨利貞」の文字が、八純卦のなかで唯一ない卦でもあります。ただ「咎なし」とだけです。

は山を象徴します。朱子がこの卦を好んでいた理由には、「欲がなく、静かに」という考え方が関連しているのではないかと考えます。☶☶艮為山は、山のように動かず、安定している姿を示し、静けさや、どっしりとした大きさを意味します。
この卦は、外的な欲望に惑わされず、内面的な安定と落ち着きを保つことの重要性を教えています。朱子が、艮為山を好んでいたのは、こうした静けさや、欲のなさが、彼の哲学や教えに、深く、結びついていたからではないでしょうか。

●朱子年表●

幼少期
●4歳のとき・・宇宙に対する疑問・・父が「あれが天だよ」と説明した。「天の上には何があるのですか?」とすぐ質問したといいます。
●5歳のとき・・孝経を読んだ。友達は、川べり、橋のふもとで遊んでいたが、朱子は、川辺の砂に指で何か書いている。八卦だったという逸話。
●読み聞かせ・・父が、「春秋左氏伝」を寝る前に一巻読む。普通は「あんぱんまん」とかですよね。

少年期
●程子の学・・弟子の人に、易を学んだ。程子とは、程顥と程頤の兄弟を指します。
●16歳で、四書五経、儒教の勉強に身を入れる。
●18歳の秋、科挙予備試験合格。
●19歳の春、首都・臨安にて、本試験に合格。
●孟子は、もちろん易経も、一爻一句読み込んでいく熟読タイプ。

中年期
●20歳。当時、易経の解釈本のスタンダードは、程頤の「易伝」が定番だった。一塾に一冊くらい。しかし、☵☳水雷屯六二の爻辞の解釈がおかしいと思った。根底から否定した。「屯如、邅如、馬に乗りて班如。寇するに匪ず。婚媾せんとす。女子貞にして字せず。十年にして乃ち字す」。それがきっかけとなり、のちに、「周易本義」を記すことになる。
●教育行政に携わる。現在の、県の学校教育のような任務。

晩年期
●五岳と呼ばれる山岳信仰や道教が盛んだった。朱子は登山をしてみた・・素直で、有言実行タイプ
●朱子スクール⇒門人3000人にのぼる。私塾は「寒泉精舎」。加藤大岳先生は私塾を「岳麓精舎」と命名し、リスペクトしてる。
●朱子語類⇒門人たちとの座談録・講義録、門人によって几帳面に書きとめられた、140巻のノート
●59歳・・周易本義をついに完成。
●59歳・・陸象山と無極太極論争が始まる。陸象山は「心即理」を主張し、朱子の「性即理」を批判。王陽明は陸象山の「心即理」を継承し、さらに発展させ、是非・善悪の判断力を重視し、実践主義を強調⇒明治維新へ影響。同じ朱子学でも別れる。
●60代・・苦難の時期。偽学の禁に直面 
●晩年は病気に苦しむ。足リュウマチ、眼病、内臓疾患。
●71歳没  ※朱子の性格・・多くの面で、陰性のように思われるが、陽性のユーモアな面もあったそうです。

■参考文献:「易学研究」紀元書房「朱子語類易経編全訳」齊藤伸治「朱子伝」三浦國雄「江戸幕末史の授業」井沢元彦「日本人の武器としての世界史講座」茂木誠「江戸の朱子学」土田健次郎、ゆる哲学ラジオ、哲学チャンネル

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