小学生の頃、僕ら男子の間では、5月にもなると虫取り網に虫かごをぶら下げて、蜂を捕まえるのがちょっとしたブームになっていました。
といっても、相手はあの怖いスズメバチではありません。黄色で、丸々としていて、ふわふわモフモフ。見た目もどこか愛嬌があり、しかもハチなのに刺さない、おとなしい蜂だったので、安心して捕まえては可愛がっていたのを覚えています。
僕らは、その蜂のことを「ハナマル」と呼んでいました。今になって調べてみると、正式には「コマルハナバチ」という種類のようです。たぶんモチノキか何かに蜜を集めに来たところを、網でそっとすくって捕まえるのです。
捕まえた後は、胴体に細い糸を結びつけて、空に浮かぶ風船のように飛ばして遊んだりもしました。でも、糸をきつく締めすぎると胴体が切れてしまって死んでしまいます。もちろん、そんなつもりは毛頭ありませんでしたが、今思えば残酷な話です。子どもというのは、そういうことに無頓着なところがありますね。
もし、同じような記憶を持っている方がいたら、きっと共感してくださるのではないでしょうか。
あれから何十年が経ちました。最近ではもう、あの懐かしい「ハナマル」を見かけることも、なくなってしまいました。どこか、少し寂しい気持ちになります。
さて、今からおよそ60年前、レイチェル・カーソンが『沈黙の春』という本を世に出しました。農薬の使用がもたらす生態系への影響を告発したこの本は、当時、世界に大きな衝撃を与えました。
しかし実は、いま、あの時代よりも深刻な状況が進行しているかもしれないのです。
そう警鐘を鳴らしているのが、昆虫図鑑の監修なども手がける、九州大学の丸山宗利准教授です。丸山氏が昆虫探しの調査を通して実感されているのは、「虫がいない」という現実。かつては身近な存在だった昆虫たちが、姿を消しつつあるのです。
レイチェル・カーソン『沈黙の春』そして、丸山宗利さん
『例えば、赤とんぼの代表として親しまれていたアキアカネ。今では全国的に激減しており、絶滅危惧種に指定される可能性も高いと言われています。その背景にはネオニコチノイドという農薬の使用があると考えられています。
この農薬は、人に対しては、ほとんど害がなく、作物に浸透して効果を示すために多用されています。
しかしその一方で、昆虫にはこれまでの農薬の比ではないほど、強く効き、花を訪れて蜜をなめた昆虫も殺してしまうほど強力なのです。さらに、害虫でもない昆虫も殺してしまい、それを食べた別の生物にも、影響が波及していきます。
かつて、夏休みの宿題といえば昆虫採集が定番でした。網を持って野山を駆け回った思い出がある人も少なくないでしょう。けれど、今ではその「当たり前の自然」が、静かに失われつつあります』
丸山さんは、そう語っています。
子供の頃、ファーブルやシートン動物記などを読みましたが、そのファーブル『昆虫記』の中で、蜂の帰巣本能についてファーブルが観察した部分が紹介されています。
ある種類の蜂を密閉された容器に入れ、数キロ離れた場所に運ばれて放ちました。通常、蜂がそのような場所から自分の巣に戻るのは難しいはずですが、驚くことに、その蜂は迷わずまっすぐに自分の巣へと戻ってきました。
ところが、ファーブルは別の実験も試みました。同じ蜂に対して、ほぼ同じ条件を与え、巣を元の場所から、わずか2メートル移動させました。その結果、蜂は元の場所の周りを必死に飛び回るものの、2メートル離れた新しい場所に移された巣を見つけることができませんでした。
この実験から、蜂がどれほど優れた帰巣本能を持っていても、ほんの少し巣の位置が変わるだけで、それを見つけるのは非常に難しいことが分かります。
ファーブルの名言の中のひとつに、「私は昆虫を愛しているが、それ以上に真実を愛している」とあり、きっぱりと言った名言ですが、これは、昆虫の研究に情熱を注ぎながらも、真実を追求することに重きを置いている姿勢を表しています。
加藤大岳先生は、この昆虫観察のなかでも、蜂の帰巣本能は不思議だと感心されています。
私たち人間は、自然との距離が、あまりに開きすぎてしまったため。気づかないうちに、取り返しのつかない変化が進んでいるようです。(磯部周弦)
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