〔福は内 鬼も内 心通えば 鬼も内〕。
豆まきの掛け声や、豆のまき方は、地域によって少しずつ違うそうですね。我が家は、家の中から外に向かって「鬼は外~」と、豆をまいていましたが、外から家の中に向かって豆をまく等、いくつか儀式の違いがあるようです。
家の中の鬼を追い出すためには、外から家の中に向かって、鬼は外と豆をまくという方法もあります。皆様の家の習慣はいかがでしょうか。
節分という節気も中国由来ですから、豆まきのルーツはやはり中国大陸なのでしょう。
しかし、世の中に鬼の多いこと。もちろん、自分の心の中、他人の心の中、社会巷の中。鬼は外ではなく、自分の心の中にも居ると看破されている人もいます。
さて、話題は変わって、小学校で、体育にダンスが組み込まれていると聞いて、リズム感のまるでない私は、自分の時代にはフォークダンスや花笠音頭くらいでよかったなァとと安心しました。
ダンス舞踊といえば、会報「岳易開成」の編集長を22年以上も務めていらした先輩の音木ひなたさんは、多趣味でフラメンコの先生でもあり、何度か、披露されるのを拝見させていただきました。ギターの伴奏で、踊る女性が情熱と祈り。そして悲しみを表現しています。言葉が分からなくても通じるものがありました。オレ~!
踊りでは、先日、大きなホールで、中国舞踊を見る機会がありました。
色々な踊りの種類があって、印象としては、中国と一括りに言っても様々ですね。チャイナドレスで上海を思わせる演目は、なんとなくイメージできましたが、天女の舞を表現した敦煌地域の踊りは、インドの踊りに近いものがありました。
唐の時代の女性の衣装をまとい、中国で最も繁栄した時代を表現していました。
クルクルと回転して舞うスカートが美しく、長い袖が特徴的な水袖を使った舞踊もきれいです。始まる前は、ウトウトするかと思いましたが、すっかり堪能しました。
雲南省の少数民族の民族舞踊も、孔雀の伸びやかさや泳いでいるような様子も、なんとも言えず見入ってしまい、充分に満たされた気持ちになり、帰り道は、心なしかいつもの足取りよりも軽やかになっていました。
山川、域を異にすれども 風月、天を同じうす
司会の方が、中国舞踊は日本と中国の架け橋なのだと力説していました。
そのなかで、『山川異域、風月同天』という言葉が印象的でした。帰宅してから調べてみますと、「山川(さんせん)域(いき)を異(こと)にすれども 風月(ふうげつ)天(てん)を同じうす」と読み、
「住む場所は異なっていても、風月の営みは同じ空の下でつながっている」という意味でした。そして、この『山川異域、風月同天』は、鑑真和上の言葉が出典とのことでした。
鑑真は命がけで唐から日本へ渡ってきたのは、誰もが知る挿話です。
それにしてもつくづく、命がけの仕事を成し遂げたのだと感服します。
正しい仏教を教えてほしいと日本から唐に使者を送り、招いたのですが、危険なため他の僧籍は皆、たじろぎ、行きたがらなかったなか、鑑真は、命を惜しまず、名乗り出ます。しかし、邪魔が入ったり、漂流したりと、途中失明してしまいましたが、到着するまで10年もかかったそうです。
奈良の唐招提寺へ、両親と参詣にいった時のことです。
道に迷っていたら、私たちの前にひょいっと黒猫が現れて、まるで境内を案内してくれるかのように、ずっと一緒に歩いてくれたのです。
なんとも言えず、不思議なひとときでした。また、境内のいたるところに、今もなお鑑真和上の気配が伝わってくるようで、千年前の志が胸に響きました。あのとき感じた感動が心によみがえります。
一衣帯水と距離は近いはずなのに、大きな隔たりを覚える隣国・中国。文化と政治は違うものなのでしょうか。そんな思いがふと頭をかすめました。(磯部周弦)
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